あたしは三人目




 お姉ちゃんに言われたことが、あたしの中で駆け巡っている。頭から追い出そうとしても、全然抜け出てくれない。それどころか、あたしの奥深くに潜っていってしまって、今や取り出せないくらいのところにある。どうして人間って、記憶してしまうんだろう。意図的に忘れる事が出来れば良いのに、そんな機能はないらしい。少なくともあたしには。
 ごろんと寝返りを打って枕に顔を押し付ける。眠りはやってこない。観念して目を開いた。閉じる前は真っ暗で何も見えなかった空間が、今はぼんやりと輪郭がわかる程度には見えている。ぱちぱちと瞬きをして、部屋の中を見下ろしていた。
 小学校一年の時から使っている机。鞄がその上に乗っかっている。そう言えば教科書も入れていなかった。今やろうかと思ったけど、起き上がる気にはなれない。壁には、今年からあたしの生活のほとんどになった中学校の制服がかかっている。あ、シャツにアイロンかけてない。明日朝にやらなきゃ。めんどくさいなあ、もう。
 また寝返りを打つと、お姉ちゃんのスペースが視界に入った。机の上はあたしよりも散らかっている。参考書ばかりだったけど。さすが受験生。
 もそりと動いて、今度は天上を見上げた。目を瞑る。やっぱり全然眠気はやってこない。また自分の部屋の方に体を動かした時、下からどん、と叩かれた。
「うるさいなー。早く寝なさいよ」
 お姉ちゃんだ。あたしは起き上がって、下の段を覗いた。ずっと溜めていた怒りみたいなものをぶつけてやる。
「お姉ちゃんが悪いんじゃん! あんなこというから、眠れなくなっちゃったよ!」
 あたしは本気で恨んでいたのだ。
「あんなこと? ……ああ、あれね」
 むかつく事に、お姉ちゃんは今の今まで忘れていたようだった。あたし一人だけぐるぐるしていたなんて考えると、苛立たしい。ので、あたしはもっとはっきり言ってやる事にした。
「そうだよ! お姉ちゃんが悪いんだからね! いきなり『私と美津子の間には、もう一人子供がいたんだよ』なんて言うから!」
 上から首だけを伸ばして、お姉ちゃんを睨んだ。この格好は、下から見ると怖いに違いない。ざまあみろ。
「知らないよりいいでしょ。明日早いから、私はもう寝るよ」
 そう言うとお姉ちゃんは毛布を被ってしまった。話し掛けるなということらしい。あたしはむかついて、わざと音を大きくたてて寝転がった。
 お姉ちゃんは、関係がないから無関心なんだ。
 あたしとお姉ちゃんの間に、もう一人。ということは、お姉ちゃんは生まれた後なんだから、お姉ちゃんに影響はない。あるのは、あたし。もし、生まれていたらどうだったんだろう。だって、あたしは生まれていなかったかもしれないんだ。無事に生まれていても、なにかが変わっていて、あたしはあたしじゃなかったのかもしれない。
 そう考えていたら、また嫌な気分になってきた。
 お姉ちゃんに言われた後、お母さんになにも考えずに聞いたことを思い出してしまった。
「ねえねえ、あたしの上にもう一人子供いたってホント?」と言ったら、お母さんはびっくりしたような顔をして、その後すぐに、買い物に行くからと慌てて出て行ってしまった。家にぽつんと残されて、後悔した。きっと、あれは絶対に言ってはいけないことだったのだ。そうだよ、どうして言ったんだ、ばかあたし。ほんと、ばかあたし。なんて頭が弱い子なんだ。
 帰ってきたお母さんはいつも通りに戻っていたように、見えた。あたしはそれ以上踏み込めなかった。怖いんだ。怖かった。だから、あたしは「あたしの上にもう一人子供がいたかもしれない」という事しか知らない。
 じっとしていられなくて、ベットの上で何度目かの寝返りを打った。ぎしりと木の軋む音がした。二段ベット。ここで寝ていたのは、あたしじゃなかったのかもしれないんだ。
 怖くなって、目を瞑った。力を込めると、まぶたの奥に幾何学模様みたいなのが見えた。じわじわと形を変える。
 気持ち悪い、気持ち悪い。気分が悪い。
 何を考えたら良いんだろう、いや、そもそも考えなくてもいいことなのかもしれないけれど、どうしても消えてくれなかった。心臓の奥に入り込んで、痛みをもたらす。痛い。
 二番目の子が生まれていたら、あたしには「お姉ちゃん」がもう一人いたのだ。いいや、もしかしたら、ずっと欲しいと思っていた「お兄ちゃん」だったのかもしれない。生まれてれば嬉しかったのに。ああ、でも、そうしたらあたしは……。あたしは。
 堂堂巡りってこういうことなのかなあ。
 あたしがここにいることはとても悪い事のように思えて、その反面、とてもキセキなんだなあ、と都合の良い事を実感する。
 今まで感じた事もない、なんだか大きな力みたいなものに押しつぶされる気がした。息が出来ない。頭が重い。あたしは毛布を引っつかんで頭からすっぽりと被った。これで逃れられると言わんばかりに。そうしながら、さっきのお姉ちゃんの行動も、同じだったのかなあと思ってしまった。
 お姉ちゃんと、あたし。二人姉妹。あたしは次女。
 でも、あたしは三人目なんだ。ほんとは三人目。
 ああもう、今日は絶対眠れない。確信しながら、あたしは一晩悶々と過ごすことに覚悟を決めた。







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